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 今年度、新しい学習指導要領が、小中学校で本格実施されている。新指導要領の目玉の一つが「総合的な学習の時間」の新設、であるはずであった。

 だが、「総合」をめぐる状況は厳しい。「総合学習は死んだか」(『AERA』3月10日号)、「『ゆとり教育』先生がサボっている」(『週刊現代』5月4日号)といった週刊誌記事が出ているように、「総合」は「ゆとり教育」の象徴として非難にさらされている。

 このような流れの背景にあるのが、子どもたちの学力低下問題である。大学生が数学ができないという話題から始まった学力低下論は、ここ10年の小中学校の「ゆとり教育」への非難へと進み、「総合」などやめて教科の勉強をさせるべきだと言わんばかりの論調が幅をきかせはじめている。現場の教師たちからも、「『総合』は近い将来なくなる可能性があるから、自分の学校ではあまり積極的に取り組まないようにしている」という話さえ聞く。

 では、子どもたちの「学力」を高めるために、「総合」を廃止して教科の授業を増やすべきだというのであろうか?

 「学力」を入試のペーパーテストで高い得点をとる力だとするなら、学力低下が生じるのは当然である。

 日本の年齢別人口は、30歳前後の「第2次ベビーブーム」世代を一つのピークとして、10歳前後まで、若くなるほど激しく減っている。10歳の人口は、30歳の人口の約半数である。

 このように急激に少子化が進んだ結果、今や大学入試も高校入試も、決して「狭き門」ではありえなくなっている。ごく一部の有名校を除けば、大学も高校も志願者を集めるために四苦八苦しているのであり、受験は以前と比べて圧倒的に楽になって いる。

 しかも、近年、高学歴であることが将来の幸せにつながるとは限らなくなりつつある。有名企業が倒産したり合併したりし、「リストラ」という名の人員削減が行われている。エリートの象徴であるキャリア公務員の腐敗も、繰り返し問題となっている。

 このような状況では、子どもたちが受験を目指して懸命に勉強する動機を持ちにくい。子どもたちが勉強離れをし、ペーパーテスト向けの「学力」が下がることは当然である。

 では、これからの時代の子どもたちに必要な学力とは何だろうか。「新しい学力観」「生きる力」といったことが言われてきたが、いずれもあいまいな概念であり、実際の教育実践が向かうべき方向を明確に示していたとは言い難い。

 私は、「生きる力」を次の二つの力と読み替えて実践を進めるべきだと主張してきた。

 ・夢をもつ力
 ・コミュニケーションする力

 将来の夢を描き、夢に向かって努力をし、必要に応じて軌道修正をすること。そして、考え方の異なる他者と適切にコミュニケーションし、自らの思いを伝えるとともに、他者から大いに学べること。この二つの力が、これからの子どもたちに必要な学力だと考えたい。

 大学で教えていると、「やりたいことがない」と言う学生や、特に親しくない人たちとのコミュニケーションに尻込みしてしまう学生が多いことを日々感じる。たしかに、このような学生たちは基本的な国語力や計算力にも問題があるかもしれない。しかし、夢をみつけて努力し、必要のために他者とコミュニケーションする機会が多くなれば、国語力や計算力を高めることは容易であろう。

 ここでは、第1回にメディアリテラシー教育、第2回にアーティストと教師のコラボレーション授業を取り上げてきた。これらはいずれも、夢をもつ力とコミュニケーションする力の両方に寄与しうる実践である。

 これからの「総合」の実践には、次の2点が求められる。

 ・子どもたちが多様な人々と出会うこと
 ・子どもたちが互いの差異を活かしつつ協力しあうこと

 これまでの学校教育では、子どもたちが外部の人と出会うことはまれであり、「みんなと同じ」「みんなと仲良く」といったことが求められる傾向が強かった。しかし、このような方向では、夢をもつ力もコミュニケーションする力も育てられない。

 さまざまな生き方に触れ、他者とは異なる自分の特徴を認識することによって、子どもたちは自分独自の夢をもてるようになるであろう。また、親しい仲間とは違う人々と交渉したり協力したりすることで、コミュニケーションする力も高まるであろう。

 「総合」は、このような実践を行うために使える貴重な時間である。安易な「総合」バッシングに流されることなく、「夢」と「コミュニケーション」を育てることを目指したいものである。


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