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NHK小学校理科教室の思想(3)茨城大学教授 佐野博彦
学習の場における「思考のモデル」の役割
 植田と同様に発足時のディレクターである堀江は理科学習を「抽象的な学習の場、イメージ形成の場、具体的体験学習の場の三つの学習の場をいったりきたりしながら進められてきた」として、「『理科教育は、実験・観察によって学習する教育である』という考え方は、あまりにも一面的な理科教育の考え方だといわなくてはならない」と主張している。そして「イメージ形成の場も欠くべからざる場なのである」として、そこにテレビ番組を位置付けている。(以上 堀江 1980)
 堀江はここで、具体的な学習の場を想定して以下のように論を進めている。
 従来の学習を、言語を中心とした学習活動(教師の説明、子どもの討論、教科書や参考書の読解)という非体験学習の場と、自由観察や実験などの体験的学習の場とに分け、この二つを結びつける役割として「映像認識をその内容とする学習の場」があるとした。このとき、体験的学習を済ませた子どもに対しては、テレビ番組は体験の言語化、理性化のための思考モデルとなるし、非体験学習が先行している子どもに対しては、体験学習の場の思考モデルとなるとして、利用のしかたは多様であろうとも、それぞれ思考モデルとして機能しうると考えた。
 こうして、具体的な経験の場のないテレビによる教育が、教室の場においても思考のモデルとして十分機能し得るし、重要な存在であると主張した。「小学校理科番組」ではそうした考えをもとに、扱う素材を子どもたちの身近なもの、教室でも扱えるものにして、テレビを見た後の子どもたちが現実の活動においてその思考モデルを活用しうるようにしたのである。
学習指導要領の位置付け

 彼らは、テレビによる直接教育と教室の場をつなげていくものとしての役割を、学習指導要領に求めた。

放送する側と視聴する側との共通理解の基盤に学習指導要領を置いて、それぞれの立場を有効に生かす方法で、理科の学習が進められるなら、視聴する子どもたちは、これまで以上にものの見方・考え方・扱い方を学ぶ機会を多くもつことになると思う。(蛯谷 1963)

教室とテレビとが共通の仮説、つまり理科教育の構造、体系についての認識という点で共通の基盤があれば、テレビ番組で考えたことは、教室での授業が前後しても効果を発揮する、これは体験に基づく私たちの実感でもあるのです。(植田 1994b)

 従来の生活単元・問題解決学習から出発しながら、そこにより系統性を盛り込んだ新しい学習指導要領の存在が、この小学校理科教室が機能する上において大きな力を発揮していたということができる。

送り手の考え
 こうした送り手側の考え方をまとめると以下のようになる。
 小学校理科教室は教室における学習の補助的な役割を意図したものではなく、教室にいる子ども達に向かって直接的な教育を狙ったものである。それはテレビのもつ特質、すなわち、「時間、空間を現実より濃縮した形で提供する」という特質、しかも、見ている子ども達にはそれが「心理的な次元のものとして提供される」という特質、さらに言えば、時間軸にしたがって現象を提示し、疑問を提出し、それを解決していくという「時間の構造化」という特質により、子ども達に現実を見るモデル、現実の科学的捕まえ方、現実を見る「構え」を提供しようとしたものだといえる。
 このとき、個々の番組は、番組を視聴する子ども達の「心理的な次元」にむけて作られるのだが、そのために、子ども達の思考のレベルを考え、番組で展開する思考に子ども達の思考がついていけないような飛躍がないようにして、番組を見ている子ども達が、番組で展開される思考をあたかも自分で思考したかのごとく感じられるようにする。それは番組を視聴しただけでは終わらずに、彼らが現実世界で直接経験をする際にその支えとなるもの(ものの見かた、ものに対する構え方、考え方のモデル)になる。さらにそうした認識の過程が子ども達の頭のなかに確保されれば、それが子どもたちの個人としての自立を支えるものになる、と考えたのである。
 テレビを見る子ども達は決して受け身ではなく、自分なりに思考しながら番組を見ていく。したがって、うまく構成された番組では、子ども達はテレビと共に思考し、テレビと共に問題を解決することができ、達成感を得ることができる。しかも、こうした番組を継続的に、系統的に放送することにより、単発の番組ではみられない効果が考えられる。
 番組制作は、指導要領を作業仮説としてその基礎に置き、1年から6年に至る理科の思考の発展の流れを考慮し、前の番組、あるいは、前の単元で獲得した知識を後の番組の解決をもたらす鍵として利用するなど、番組間の思考のつながりを意識的に考えて、子どもの思考の構造化を図った。
初期の小学校向け理科番組が「発見」したもの
 小学校向け「理科教室」の特性を定義すれば、以下のように言えるであろう。(1)テレビの送出系の機能を生かし(2)ラジオ時代から作られていた教師の参加する学校放送システムを利用し(3)そこに教師と制作者側の共通する教育仮説として指導要領を利用し(4)テレビ番組が持つ時間軸による「展開」(物語性、ダイナミズム)の力を認知の「展開」と同一視し、(5)子ども達の心に直接「思考のモデル」を提供しながら認知の喜びを伝える、という構造をもった番組シリーズであった。
 言いかえれば、大きな教育システムを作り上げ、その上でテレビというメディアの特性を生かして、子どもの認知面の発達と行動への促しを行っていた、ということが言える。
 こうした番組は、共通の土俵としての指導要領の理解、教師の参加システム、「思考のモデル」を提供できるだけの放送時間、そうした条件が成立しなければ成り立たないものである。そうした条件が1960年代に可能になり、「小学校理科教室」が独自の世界をつくりあげることが出来たといえる。
 やがて、作り手と教師、子どもの側双方の、教育観、放送観が変容し、こうした演出がリアリティーを持ちえなくなってくる時代がやってくる。しかし、この初期の「理科教室」ほど、放送の演出論と理科教育理論とが一体化してすぐれた力を発揮した例は少ないのではなかろうか。
(参考文献)
植田 豊 1963.「見る・聞く・考える・扱う」『初等教育資料』No.163文部省初等教育課編集
植田 豊 1994a.「教育放送史への証言3 『テレビ理科教室』の誕生」『放送教育』6月号.日本放送教育協会
植田 豊 1994b.「教育放送史への証言4 考えさせる『理科教室』」『放送教育』7月号.日本放送教育協会
蛯谷米司 1963.「理科教育とテレビの理科」『放送教育』2月号. 日本放送教育協会
堀江固功 1980.「 9 理科メディアの利用 2.理科メディアの種類と特性 1 学校放送」『新理科指導法事典』明治図書
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