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公開授業・昭和第一学園高等学校

メディアリテラシー教育の必要性

東京都立川市昭和第一学園高等学校教諭 高倉 誠

(1)「総合的な学習の時間」で目指す「新しい学力の獲得」

教員2人によるチーム・ティーチングの授業。メインになる教員が説明・進行し、サブは資料の配布などを行う。作業を進めるときには2人で教室内をまわり、生徒達に声をかけていく。

単元6「ニュース番組」の授業。小グループで話し合いながら作業を進める。お互いに意見を出し、班としての意見をまとめる。コミュニケーションの訓練にもなるように、班の人数やメンバーは毎回変える。

単元7「音声表現」の授業。『体験!メディアのABC』の「メディアのプロ」は、高校生にも充分見ごたえがある。職業認識の面でも、このような実際の仕事を見せる番組は有効である。

単元7「音声表現」の授業別交流会。保護者からも発言があり、活発な意見交換会となった。左は指導講師の千葉大学・藤川大祐先生
本校では、普通科の1・2年生で、「総合的な学習の時間」を必修の授業として設定し、本校の教育目標「新しい時代への人間教育」~生きる力・自立できる力・問題解決の力~を踏まえ、新しい学力の獲得を目指している。
「主体性をもって生きる」とは、自らの責任において判断し行動することであるが、判断するための材料のほとんどを、私たちはマス・メディアからの情報に頼らざるを得ない。だが、学校教育において、紙面上の、活字・静止画メディアに載った情報の読み解きや活用の授業は行われてきたが、テレビのような音声・動画メディアのそれはほとんど行われてこなかった。ところが現代では、すでに活字・静止画メディアの代替として巨大な活動領域を獲得しているインターネットや携帯電話というメディアが、通信インフラの進歩とともに音声・動画メディアとしての領域をも獲得しつつある。
つまり、「新しい時代への人間教育」とは、テレビ・インターネット・携帯電話など、音声・動画メディアの情報を読み解き、解釈し、活用する力=メディアリテラシーの育成を目指す教育といえるだろう。授業における具体的な指針は、以下のように定めた。

〇教員は、正解を求めるのではなく、生徒自らが考え、答えを生み出すのを援助する。
〇小集団で意見交換をさせる。自分の意見を表明し、相手の意見を尊重しながら、それぞれの考えを深めさせる。
〇授業では、必ず提出用シートに自分の言葉で、自分の意見や感想を書かせる。

(2)授業および授業別交流会
普通科1年生2クラスで、単元6「ニュース番組」と単元7「音声表現」の授業を公開した。
「ニュース番組」の授業では、まず生徒自身がニュースを知る主なメディアを確認し、テキストを配布してNHK『メディアを学ぼう!』を視聴した後、架空のニュースを用いて、班ごとにニュース・オーダーを作成した。その中で、なぜそのようなオーダーにしたか、選択と順序についての根拠を書かせ、ニュース番組であっても、制作者の意図が入っていることを考えさせた。 交流会では、多くの出席者から「楽しい授業だった」「生徒がよくやっている」「教員の姿勢が良く現れていた」などの感想が述べられた。NHKエデュケーショナルの箕輪貴部長からは『メディアを学ぼう!』の制作に関わる話題も紹介され、メディアリテラシーの重要性が確認された。授業の展開については、番組視聴と作業とを逆転させることも可能という意見が出された。
「音声表現」の授業では、テキストを配布後、前回の授業との関連を説明。NHK『体験!メディアのABC』の「メディアのプロ」を視聴し、作業に入った。音楽の有無、音楽の種類による映像から受ける印象の違いを確認し書き出し、班ごとに意見を整理。それを付箋紙にまとめてホワイト・ボードに貼りだし、また個々に配布したマグネットを使って映像と音楽がより合っていたものに投票した。生徒の考察には、音響効果の働きの大きさへの驚きが多く書かれていた。
交流会では、付箋紙の利用について質問が出され、前回の大会と指導講師の藤川大祐千葉大学助教授のアイデアを参考に今年度から利用しており、生徒の反応が良い点と、教員が多くの意見を吸い上げ、整理しながら授業を展開できる点、生徒にとっては自分の意見に触れてもらえることで、参加意識が向上する点などの利点を紹介した。
全体会として開かれた交流会Ⅱでは、年間プログラムや担当者の構成、インターネット社会やジェンダーやニュース報道などの社会的な問題、それらに対するメディアリテラシー教育の役割や必要性について、藤川先生の司会で意見交換が行われた。

(3)成果と課題
「メディアリテラシー」の授業を通じて、生徒たちは明らかに「書く」意欲と力を向上させている。また、それまで意識しなかった身近なものに意識を向けることで新しい発見をし、これまで遠かった「現代の社会」が、まさに自身を取り巻いているものであることに気付き始めている。その上で、社会と自らとの関わりを考え、自らの意見を述べる訓練を繰り返すことで、主体的に生きる力が養われている、と私たちは考えている。
課題としては、意見の表明を紙の上から発言へと発展させることだが、これは二年次の「ジャーナリズム」において扱うことになるだろう。また、教材の確保や選択がまだまだ困難である点も、これから解決すべき点である。
今回の大会を通じて、メディアリテラシー教育の必要性を改めて確認したが、そのためにもNHKを始めとする各テレビ局の協力とアーカイブの充実、教科「情報」との連携、教員に対する研修が求められる点である。


実践研究交流会

Making of 「闘う私ら識字生」

徳島県徳島市立高等学校教諭 北原顕彦


実践研究交流会で報告をする北原顕彦氏
「北原先生、今度のNコンに出品する作品、識字学級についてやってみたいんですけど」という放送部の部長からの提案をきっかけにこの番組は生まれた。
3月25日の朝、ある識字学級におじゃました。開始時刻の午前10時前には識字生のおじいちゃん・おばあちゃんたちが三々五々集まってきた。「教室」は12畳ほどの畳の部屋。そこへ長机を置き、小学校の国語の教科書、硬筆練習帳などを使って勉強を始めた。
和気あいあいとしながらも、一生懸命に文字の練習に取り組んでいる識字生の姿に部員たちは目を丸くした。やがて私は部員がインタビューをしている姿に足を止めた。あるおばあちゃんに向けられたマイクが小刻みに震えている。マイクを持った生徒の顔を見ると目が真っ赤だった。若い頃の体験談を作文にしたものをそのおばあちゃんは読んでいた。

本県では幼稚園、小学校、中学校、高等学校と同和問題を中心とする人権教育に力を入れている。部員たちも小さい頃から様々な形で部落問題について学び、一応の知識を持っていた。しかし、このインタビューで生々しい差別の体験談を聞き、圧倒されてしまった様子だった。
「差別問題」という予想以上に重い素材を抱え込みはしたが、部員たちはそれを見事に作品に仕上げた。ホワイトバランスが未調整だったり、音声レベルがバラバラだったりと取材・編集技術が稚拙だったためNコンの準々決勝で軽く落選してしまったが、学校の授業では学べないものを学んだようである。
「先生、部落差別ってまだまだ残っているんですね。でも、差別のために奪われた文字を、今取り戻そうと頑張っている識字生のおじいちゃん・おばあちゃんってすごいなぁ」取材の帰路、ある部員が熱っぽく語った言葉が今でも鮮烈に甦(よみがえ)ってくる。技術の向上とともに、これからもさらにすばらしい作品を生み出して欲しいと思う。

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